ユージン・スミスに憧れて


ユージンに憧れてFを揃えたことを思い出しました。
氏が「HITACHI」を撮影したときはNikon FLeica M3,M2が主力機材でした。「MINAMATA」のために来日した際、機材一式が入ったバッグが盗まれてしまい、それを聞いたミノルタの社長はユージンに自社の機材を無償提供しました。「MINAMATA」の大半はミノルタのカメラとレンズで撮影されています。
画像の機材はOHしてあるので撮影可能(ですがデジタルばかりで、、)。非Aiレンズはもう持っていません。

ユージン・スミス氏の水俣病写真は、当時の奥様のアイリーン・美緒子・スミスさんと、当時のアシスタントの石川武志氏の三人によって撮影されました。石川氏は水俣に行く気は全くなかったのですが、ユージンの乗る特急列車に忘れ物を届けたところユージンに「お前も行くのだ」と羽交い絞めにされ列車が発車してしまい強制的に水俣に連れてゆかれました。
水俣では石川氏にも撮影機会を十分に与えました。ある朝目覚めると石川氏の枕元に20本のフィルムが置いてあり、ユージンは「お前も撮るのだ」と言いました。写真の世界では師匠と同一のテーマをアシスタントが撮ることなどありえないことだが、ユージンはそのような業界の常識にとらわれない人だったと石川氏は懐古していました。
(当ブログ写真に石川氏が写っています。「水俣」で検索いただければと思います)

以前、アイリーン・美緒子・スミスさんと何度かmailでやり取りをさせていただいたことがありますが、現在は原発反対運動に傾注されており既に写真の世界から離れています。

Camera: RICOH GR DIGITAL 4